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韓国の済州島、中国に続き日本の団体観光客を誘致成功について
2011.11.26 Saturday
中国に続き日本人の済州島“観光ラッシュ”が始まった。今年、中国人団体観光客1万5000人余りが3回にわたって済州島(チェジュド)を訪れたことに続き、日本の団体観光客996人が済州へ来る。彼らは日本の農協の優秀組合員で、済州島を訪れる日本人団体観光客としては歴代最大規模だ。
彼らは27日から2泊3日で済州観光にやってくる。彼らはこの日、竜頭岩(ヨンドゥアム)や三姓穴(サムソンヒョル)、済州民俗自然史博物館などを見学し、28日・29日には漢拏山(ハンラサン)のトレッキングやゴルフ、自由旅行などを楽しむ。この一行には韓流ファンで有名なメーキャップアーティストのIKKO氏(49)も同行する。田辺豊日本農協観光社長(62)は、「ユネスコが認めた済州島の自然景観と職員の韓流に対する興味などを考慮して済州島を選んだ」と述べた。
日本最大の観光団誘致には、済州島の“ターゲットマーケティング”が威力を発揮した。日本の農協は、1980年から毎年、優秀な組合員をインセンティブ観光として米国ハワイをその旅行先に選んできた。しかし今回、済州島と東京にある済州島広報事務所の不断の努力で、済州島に目的地を変えた。特に、東京広報事務所の友野阿祐美さん(32)は足しげく農協観光社を訪ねて済州島の強みを強調した。済州島はハワイに比べ相対的に観光費用が手頃なうえ、天から恵まれた自然景観をすべて備えている島であることを印象づけた。済州島が世界初のユネスコ“トリプルクラウン(世界自然遺産・生物圏保全地域・世界地質公園)”を果たしたことは、彼女の説得過程を後押しした。
今年、相次いで済州島を訪れた中国団体観光の済州旅行ブームも今回の誘致に一役買った。今年9月、中国の宝健・日用品有限公社のインセンティブ観光団1万1200人が済州を訪問したことが農協の職員の間に口コミで伝わった。農協は済州島の歓待や観光費用などをかんがみ、観光先を最終的に決定した。済州島はこれに先立ち、宝健観光団が訪れた当時、済州市連洞(ヨンドン)に宝健通りを作ったほどの格別な気づかいを見せた。
(この記事は韓国(中央日報日本語版)から引用させて頂きました)
彼らは27日から2泊3日で済州観光にやってくる。彼らはこの日、竜頭岩(ヨンドゥアム)や三姓穴(サムソンヒョル)、済州民俗自然史博物館などを見学し、28日・29日には漢拏山(ハンラサン)のトレッキングやゴルフ、自由旅行などを楽しむ。この一行には韓流ファンで有名なメーキャップアーティストのIKKO氏(49)も同行する。田辺豊日本農協観光社長(62)は、「ユネスコが認めた済州島の自然景観と職員の韓流に対する興味などを考慮して済州島を選んだ」と述べた。
日本最大の観光団誘致には、済州島の“ターゲットマーケティング”が威力を発揮した。日本の農協は、1980年から毎年、優秀な組合員をインセンティブ観光として米国ハワイをその旅行先に選んできた。しかし今回、済州島と東京にある済州島広報事務所の不断の努力で、済州島に目的地を変えた。特に、東京広報事務所の友野阿祐美さん(32)は足しげく農協観光社を訪ねて済州島の強みを強調した。済州島はハワイに比べ相対的に観光費用が手頃なうえ、天から恵まれた自然景観をすべて備えている島であることを印象づけた。済州島が世界初のユネスコ“トリプルクラウン(世界自然遺産・生物圏保全地域・世界地質公園)”を果たしたことは、彼女の説得過程を後押しした。
今年、相次いで済州島を訪れた中国団体観光の済州旅行ブームも今回の誘致に一役買った。今年9月、中国の宝健・日用品有限公社のインセンティブ観光団1万1200人が済州を訪問したことが農協の職員の間に口コミで伝わった。農協は済州島の歓待や観光費用などをかんがみ、観光先を最終的に決定した。済州島はこれに先立ち、宝健観光団が訪れた当時、済州市連洞(ヨンドン)に宝健通りを作ったほどの格別な気づかいを見せた。
(この記事は韓国(中央日報日本語版)から引用させて頂きました)
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安室奈美恵 対人関係構築に及び腰になった理由は母の事故死説について
2011.11.26 Saturday
安室奈美恵(34)の突然の公演中断アクシデントから3週間。全国ツアーは何事もなかったように再始動した。
毎年行っているツアーは「追加公演」「再追加公演」を重ね、2009年には女性ソロアーティスト史上最多動員数(総観客動員50万人)を記録したほどだ。
「女性が仕事をして、責任を背負っていくことは、バランスをとるのが難しい」
ファッション誌『グラマラス』5月号でそう話していた彼女。いつも「安室奈美恵」としてかっこよくいなくちゃいけないと気を張っているが、家に帰れば、自然と現実に引き戻されるという。
家の中では基本「人に見せられない」格好でのんびりゴロゴロして過ごす彼女。韓流ドラマ『美男〈イケメン〉ですね』や海外ドラマ『ヴァンパイア・ダイアリーズ』を見たり、漫画を読んだり。その彼女のそばからは、性格の違う3匹の犬が離れない。
そんな生活の中で、一緒に暮らしている最愛の長男(13)こそが、歌っている安室奈美恵とそうでない安室奈美恵のバランスをとっているのだ。
1997年10月。歌手として絶頂期にいた20才のとき、安室はSAM(49)とのできちゃった結婚を発表した。翌1998年5月に長男を出産し、同年の紅白歌合戦で復帰。順風満帆に見えた矢先の1999年3月、母が事故死するという悲劇に見舞われた。
そして2002年7月、SAMとの離婚を電撃的に発表した。当初親権はSAMが、養育権は安室が持つこととなった。? 「子供の名字が変わってしまうことも気がかりだったようで、当時、SAMさんの実家の意向もあって、親権は彼が持つことになったんです」(レコード会社関係者)
SAMの実家は、埼玉県でも有数の総合病院を経営している名家。安室とSAMは離婚後、同じマンションの別フロアにそれぞれ部屋を借り、息子の子育てを1週間交代で行った。どちらかが仕事で忙しいときにはどちらかが世話をし、ともに忙しいときには、SAMの実家に預けるというスタイルだった。
「でも、SAMさんが子供の面倒を見られない日がだんだん増えていったそうなんです。そんなときに、彼が新恋人と再婚するという話を聞くようになった。もちろん独身だから、新恋人がいようが問題はないけれど、彼が再婚したりした場合のことも考えたんでしょうね」(SAMの知人)
2005年、「親権を返してほしい」と安室が家庭裁判所に申し立てた。結局、調停の末、親権はSAMから安室に移った。
SAMの親族がこう嘆く。
「SAMさんのお母さんは、お孫さんが、小学校にはいってから会ってないそうです。寂しくないといったら嘘のようですよ」
かといって、元姑と安室の間に確執があったわけではない。
「SAMさんのお母さんも奈美恵ちゃんのことは、かわいいと思っていたし、コンサートにも行ってました。でも安室ちゃんも忙しかったですから、親密な関係を築くほど会う機会も多くなかったようです。それに彼女の場合、やっぱりお母様を亡くされたのが、彼女の中で大きかったんでしょう…」(前出・SAMの親族)
安室を知る芸能関係者も、愛する母の死が彼女の「孤高の原点」ではないかと指摘する。
「母親を事故で亡くしたとき、彼女はまだ21才。早くに肉親を失うという不幸もあって、対人関係を築くことに及び腰になった部分はあると思います。食事も決まった店にしか行かないし、ジム通いするよりもトレーニング器具を買って自宅で黙々と体づくりをしたりするんです。
もう何年も一緒に仕事をしてきている人にもなかなか自分の感情をうまく伝えられない性格ということもあって、時間が経つほど疎遠になっていく夫や、その家族に連絡を取ったり、会いに行ったりするのも、ついためらってしまうんじゃないですか」
※女性セブン2011年12月8日号
(この記事は海外総合(NEWS ポストセブン)から引用させて頂きました)
毎年行っているツアーは「追加公演」「再追加公演」を重ね、2009年には女性ソロアーティスト史上最多動員数(総観客動員50万人)を記録したほどだ。
「女性が仕事をして、責任を背負っていくことは、バランスをとるのが難しい」
ファッション誌『グラマラス』5月号でそう話していた彼女。いつも「安室奈美恵」としてかっこよくいなくちゃいけないと気を張っているが、家に帰れば、自然と現実に引き戻されるという。
家の中では基本「人に見せられない」格好でのんびりゴロゴロして過ごす彼女。韓流ドラマ『美男〈イケメン〉ですね』や海外ドラマ『ヴァンパイア・ダイアリーズ』を見たり、漫画を読んだり。その彼女のそばからは、性格の違う3匹の犬が離れない。
そんな生活の中で、一緒に暮らしている最愛の長男(13)こそが、歌っている安室奈美恵とそうでない安室奈美恵のバランスをとっているのだ。
1997年10月。歌手として絶頂期にいた20才のとき、安室はSAM(49)とのできちゃった結婚を発表した。翌1998年5月に長男を出産し、同年の紅白歌合戦で復帰。順風満帆に見えた矢先の1999年3月、母が事故死するという悲劇に見舞われた。
そして2002年7月、SAMとの離婚を電撃的に発表した。当初親権はSAMが、養育権は安室が持つこととなった。? 「子供の名字が変わってしまうことも気がかりだったようで、当時、SAMさんの実家の意向もあって、親権は彼が持つことになったんです」(レコード会社関係者)
SAMの実家は、埼玉県でも有数の総合病院を経営している名家。安室とSAMは離婚後、同じマンションの別フロアにそれぞれ部屋を借り、息子の子育てを1週間交代で行った。どちらかが仕事で忙しいときにはどちらかが世話をし、ともに忙しいときには、SAMの実家に預けるというスタイルだった。
「でも、SAMさんが子供の面倒を見られない日がだんだん増えていったそうなんです。そんなときに、彼が新恋人と再婚するという話を聞くようになった。もちろん独身だから、新恋人がいようが問題はないけれど、彼が再婚したりした場合のことも考えたんでしょうね」(SAMの知人)
2005年、「親権を返してほしい」と安室が家庭裁判所に申し立てた。結局、調停の末、親権はSAMから安室に移った。
SAMの親族がこう嘆く。
「SAMさんのお母さんは、お孫さんが、小学校にはいってから会ってないそうです。寂しくないといったら嘘のようですよ」
かといって、元姑と安室の間に確執があったわけではない。
「SAMさんのお母さんも奈美恵ちゃんのことは、かわいいと思っていたし、コンサートにも行ってました。でも安室ちゃんも忙しかったですから、親密な関係を築くほど会う機会も多くなかったようです。それに彼女の場合、やっぱりお母様を亡くされたのが、彼女の中で大きかったんでしょう…」(前出・SAMの親族)
安室を知る芸能関係者も、愛する母の死が彼女の「孤高の原点」ではないかと指摘する。
「母親を事故で亡くしたとき、彼女はまだ21才。早くに肉親を失うという不幸もあって、対人関係を築くことに及び腰になった部分はあると思います。食事も決まった店にしか行かないし、ジム通いするよりもトレーニング器具を買って自宅で黙々と体づくりをしたりするんです。
もう何年も一緒に仕事をしてきている人にもなかなか自分の感情をうまく伝えられない性格ということもあって、時間が経つほど疎遠になっていく夫や、その家族に連絡を取ったり、会いに行ったりするのも、ついためらってしまうんじゃないですか」
※女性セブン2011年12月8日号
(この記事は海外総合(NEWS ポストセブン)から引用させて頂きました)
日本の麻生元首相「韓日、外交・経済協力メカニズムを構築すべき」について
2011.11.26 Saturday
韓国と日本の協力方案を話し合う「ソウル・東京フォーラム」が25日、ソウル小公洞(ソゴンドン)ロッテホテルで開かれた。「東日本大震災以降の韓日協力」というテーマで、25日・26日の両日開かれる同フォーラムは、ソウル国際フォーラム〔会長・金達中(キム・ダルチュン)延世(ヨンセ)大名誉教授〕と韓日協力委員会、日本の世界平和研究所が共同で主催した。
25日の行事には、ソウル国際フォーラム理事長の李洪九(イ・ホング)元国務総理(中央日報顧問)や南悳祐(ナム・ドクウ)元国務総理 、武藤正敏駐韓日本大使、韓日問題の専門家らが参加した。三村明夫・新日本製鉄会長、小此木政夫・九州大特任教授、 趙錫来(チョ・ソクレ)暁星(ヒョソン)グループ会長、 朴チョル熙(パク・チョルヒ)ソウル大国際大学院教授がパネリストとして出席した。日本の出席者は、東日本大震災発生当時、韓国国民が送った激励と支持に感謝の意を伝えた。
基調演説者に出た麻生太郎元日本首相は「ドラマ『冬のソナタ』やヨン様(ぺ・ヨンジュン)から始まった韓流ブームは、今や日本社会にすっかり定着した」と紹介した。続いて「日本で韓流ブームは全世代に広まり、 少女時代やKARA(カラ)など韓国のアイドルスターの話に入れなければ、時代遅れになる」と話すと、会議場には笑いが起こった。麻生元首相は「しかし各種の世論調査を見てみると、韓国を見る日本人の好感は年々高まっている一方で、日本に対する韓国人の好感度は依然と低いのが現実」と述べて韓日の国民の間に認識の差があることを指摘した。彼は「韓日はアジアの中で最も歴史のある民主主義・資本主義国家で、アジア内の安定勢力」と述べ、韓国側に戦略的協力を求めた。また「中国の影響力が強くなり、米国がこれを牽制するようになってからは、葛藤局面で韓日両国が外交・経済安定のための地域協力メカニズムを作らなければならない」と助言した。
小此木教授は「韓日両国は常に競争と協力の関係だった」とし「日本の環太平洋経済連携協定(TPP)参加宣言により、韓米FTA(自由貿易協定)批准案の処理が早まったのではないか」と分析した。それとともに「韓日は同じ地域・同じ産業構造を持った共通の国家で、世界史的な役目を果さなければならない」と強調した。朴チョル熙教授は「韓国と日本が経済協力と安保を含んだ包括的パートナー関係を形成できるかが試されている」とし「国際的識見とビジョンを持った知識人や社会指導者が参加する『賢人会議(Wisemen’s Club )が必要』と提案した。賢人会議は学界だけではなく、政官界・言論界・財界を網羅する超党派的な構成でなければならず、報告書提出や提言だけにとどまらず、両国の国民にメッセージを直接伝える公共外交の発信者としての役割を果たさなければならないと述べた。趙錫来会長は「世界市場で善戦しているサムスン電子と現代(ヒョンデ)自動車が、日本市場から撤収したことは経済圏を統合できなかったからだ」としつつ、「韓日FTAを速やかに締結して、アジア共同体の礎石を作らなければならない」と主張した。
(この記事は韓国(中央日報日本語版)から引用させて頂きました)
グンちゃん、世界制覇宣言「次はハリウッド」について
2011.11.26 Saturday
若手韓流スター、チャン・グンソク(24)が25日、都内で会見。26日に開催する初の東京ドーム公演に向けた意気込みを語った。
【写真で見る】大好きなLMFAOと並び、おどけるグンソク
「実は子供のころからSMAPとか、日本のアーティストの東京ドーム公演を見ながら、いつか(自分も)できるかなと思っていました。夢じゃなくて、本物になってうれしいです」
少年時代、テレビの向こうに映っていた夢舞台に自身が立つ。普段は“オレ様キャラ”のグンソクも、この日はすべて日本語で謙虚に喜びを示した。
韓国人アーティストの東京ドーム単独ライブは2007年5月のRAIN(ピ=29)、08年12月のリュ・シウォン(39)、09年7月の東方神起以来4組目。先月に3カ所5公演のアリーナツアーを成功させたグンソクは「アリーナツアーとはちょっと違うと思います。新しいステージを作りました」とアピールし、「次の目標はハリウッドとか中国とか、世界で歌を歌うし、演技もする完璧なエンターテイナー」と宣言した。
会見の最後に「最近覚えた日本語は『チャラい』です」とお笑いコンビ、オリエンタルラジオの藤森慎吾(28)のキャラを意識してかリップサービス。「ボクと全然関係ないですけど」と付け加えて笑いを誘い、両手でピースサインを決めた後、投げキスを繰り出しながら退場した。
(この記事はエンタメ総合(サンケイスポーツ)から引用させて頂きました)
グンちゃん震災遺児へ寄付「ウナギたちにありがとう」について
2011.11.26 Saturday
韓国の歌手で俳優のチャン・グンソク(24)が25日、都内で会見し、東日本大震災で親を亡くした子供たちのために1256万8774円を寄付したことを発表した。募金の目録を「あしなが育英会」関係者に手渡した韓流王子は「子供たちの夢を守って下さい」と丁寧にお願いしていた。グンソクは、10月のアリーナツアーで、ファンに対し、自身へのプレゼント代わりとして募金をお願いしていた。また、26日に開催する念願の東京ドーム公演について、「夢をかなえてくれたウナギ(=ファン)たちにありがとうと言いたいです」と感謝した。
(この記事はエンタメ総合(デイリースポーツ)から引用させて頂きました)
(この記事はエンタメ総合(デイリースポーツ)から引用させて頂きました)
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